チャクラ

目覚めへの最難関 2

Posted on 2013-07-17
enlightenment

親子関係によるトラウマと再度本気で向き合ったのは、それから10年以上の歳月が流れてからです。

それは丁度、聖なる予言のようなスピリチュアルな本が世界的なベストセラーとなり、時代が大きく変わりはじめた頃のことです。

わたしは既に親から自立し、社会人として暮らすようになり、子供の頃に比べれば、ある程度の自由とお金を手に入れ、若さを謳歌していました。

それでも、ある時期から、「心の底で何かが満たされない自分」がいることに気がつくようになり、その感覚と向き合ううちに、鬱病のような状態になってしまったのです。

その頃から、また書店に足繁く通うようになり、かたっぱしからスピリチュアル系の本を読み漁るようになりました。

そしてたどり着いたのは、10年前と同じものでした

心の底から満たされることがない原因は、「親からの受け止めてもらえず、愛を感じることができなかったトラウマ」であり、「わたしは自分をありのままで愛することができない」ということでした。

少年時代と同じように、”みぞおち”のあたりに苦しみや葛藤、怒りが混合したような塊を抱えたままだったのです。

そして、スピリチュアルな本を数多く読んでいるうちに、それは第3チャクラがある場所だということがわかりました。

バーバラ・アン ブレナンの本などを読み、チャクラのことを勉強したわたしは、第3チャクラや第4チャクラを癒すことができれば、このトラウマから解放され、自分自身をありのままに愛せるようになるのではないかと考えるようになりました。

わたしは真剣に、自分を癒すための様々なエクササイズに取り組みました。

自己流に限界を感じ、バーバラ・アン ブレナンの弟子で、日本在住のヒーラーにヒーリングを施してもらったこともあります。

そして、ある日「その時」は訪れました。

とあるシンクロニシティがきっかけで、導かれるように明治神宮を訪れていた時のことでした。

“何か”としか言いようのないネガティブなエネルギーの塊が、わたしの体からすぅーっと抜けていったのです。

その出来事がきっかけとなり、わたしの親に対する長年の憎しみは薄れてゆき、過去を赦すことができたのです。

涙がわたしのほほを流れ落ちました。

「癒し」とはこういう感覚なんだと、初めて認識した出来事でした。

しかし。。。それが、さらなる苦しみの始まりだったのです。

続く


目覚めへの最難関 1

Posted on 2013-07-16
enlightenment

わたしがスピリチュアルな目覚めに至るためには、絶対に乗り越えなければならない難関があります。

それは、「ありのままの自分を愛する」ということです。

多くのマスターが、ありのままの自分を愛することができなければ、無条件で他者を愛することはできないと語っています。

そして、その言葉は真実なのだと思います。

しかし、「ただありのままの自分を受けとめ、愛しなさい。それだけでいいのです」とか言われても、それが難しいからわたしは苦しんできました。

“完全に”自分を愛するというのは、わたしにとって最も難しいことであり、そして最も大切な課題です。

もしも”完全に”ありのままの自分を愛することができたなら、それでさとりへの道のほとんどは達成されるのではないかとさえ感じています。

子供の頃の話ですが、わたしはとても強い葛藤を心の中に抱えていました。わけもなくみぞおちのあたりが苦しくなり、行き場のない強烈なエネルギーが、そこで渦を巻いてはわたしを苦しめていました。

その苦しみから逃れたくて、その解決策を探るため、何冊かの本を読んでみました。そして、子供ながらに、ある精神分析に関する本に書いてあった親子関係の問題にたどりつきました。

わたしの両親は善良な人たちでしたが、わたしは彼らから「無条件に愛されている」と感じることができないまま育っていたのです。

両親はわたしが純粋に興味を持ったことを否定し、自分たちが望む生き方をわたしに押しつけました。

そして、必死になってその期待に応えようと頑張っても、その行為に対して褒められることはありませんでした。

「自分が好きなことはやらせてもらえない。そして、親が求める理想の子供になろうとして頑張っても、認めてもらえない」

わたしはただ褒められたかった。それはすなわち、両親の愛を感じたかったのでした。

しかし、子供の頃の無力なわたしには、それを解決することは不可能でした。

「もっと褒めてくれ、もっと認めてくれ、もっと自由な選択をくれ、そしてもっと愛してくれ」そう心の中で叫ぶことしかできませんでした。

やがてその矛先は歪んだエネルギーの発散へと向かい、中学2年生の頃から不良少年への道を歩みはじめたのでした。

そんな少年時代を過ごし、激動の人生を生きてきましたが、それについては、また書く機会があると思うので、今日はここまでにしておきます。

いずれにせよ、幼少から少年時代のトラウマが自分の中に棲みついていて、そのエネルギーの塊は大人になってもわたしを苦しめ続けていたのです。

続く


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