マスター

目覚めへの最難関 1

Posted on 2013-07-16
enlightenment

わたしがスピリチュアルな目覚めに至るためには、絶対に乗り越えなければならない難関があります。

それは、「ありのままの自分を愛する」ということです。

多くのマスターが、ありのままの自分を愛することができなければ、無条件で他者を愛することはできないと語っています。

そして、その言葉は真実なのだと思います。

しかし、「ただありのままの自分を受けとめ、愛しなさい。それだけでいいのです」とか言われても、それが難しいからわたしは苦しんできました。

“完全に”自分を愛するというのは、わたしにとって最も難しいことであり、そして最も大切な課題です。

もしも”完全に”ありのままの自分を愛することができたなら、それでさとりへの道のほとんどは達成されるのではないかとさえ感じています。

子供の頃の話ですが、わたしはとても強い葛藤を心の中に抱えていました。わけもなくみぞおちのあたりが苦しくなり、行き場のない強烈なエネルギーが、そこで渦を巻いてはわたしを苦しめていました。

その苦しみから逃れたくて、その解決策を探るため、何冊かの本を読んでみました。そして、子供ながらに、ある精神分析に関する本に書いてあった親子関係の問題にたどりつきました。

わたしの両親は善良な人たちでしたが、わたしは彼らから「無条件に愛されている」と感じることができないまま育っていたのです。

両親はわたしが純粋に興味を持ったことを否定し、自分たちが望む生き方をわたしに押しつけました。

そして、必死になってその期待に応えようと頑張っても、その行為に対して褒められることはありませんでした。

「自分が好きなことはやらせてもらえない。そして、親が求める理想の子供になろうとして頑張っても、認めてもらえない」

わたしはただ褒められたかった。それはすなわち、両親の愛を感じたかったのでした。

しかし、子供の頃の無力なわたしには、それを解決することは不可能でした。

「もっと褒めてくれ、もっと認めてくれ、もっと自由な選択をくれ、そしてもっと愛してくれ」そう心の中で叫ぶことしかできませんでした。

やがてその矛先は歪んだエネルギーの発散へと向かい、中学2年生の頃から不良少年への道を歩みはじめたのでした。

そんな少年時代を過ごし、激動の人生を生きてきましたが、それについては、また書く機会があると思うので、今日はここまでにしておきます。

いずれにせよ、幼少から少年時代のトラウマが自分の中に棲みついていて、そのエネルギーの塊は大人になってもわたしを苦しめ続けていたのです。

続く


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